- 2011-10-10 (月) 3:59
- ライフスタイル
父が死んだのは僕が高校2年の頃だった。
肝臓がんで、見つかったときには身体の至る所に転移していた。
葬儀は死んでから1週間近く経っていた。
何せ公営の火葬場は年中順番待ちらしい。
値段も私営のところと比べると倍以上の差がある。
葬儀の際、僕の数珠はガラス製だった。
この時はまだガラス仏具うんぬんの存在など知る由もなかった。
透明でやけに綺麗だったのを覚えている。
火葬も終わり、遺骨が家に帰ってきた。
それから仏具の購入も進んでいった。
当時高校生だった自分は何も関与することもなく、なんとも歯がゆい思いをしていた。
自分は長男なのに何も出来ない、こんなにも悔しい思いはそうそう経験することはないだろう。
ある日、家に帰ると仏壇がリビングに座っていた。
飾り棚の上に置けるこじんまりとしているかズッシリとした佇まいだった。
線香立ての横にはガラス製のろうそく立てが置かれていた。
鶴の形をしていて、仏具とは思えないような出来だった。
これがガラス仏具の特徴なのだろうか。
僕はそうそうに線香をあげ、手を合わせた。
その当時まだ自分は父が死んだというのがいまいち実感できなかった。
今もそういうふしがある、これから先もきっとそう思い続けることだと思う。
このことから思ったうちの一つに、仏具というのも日々進化しているなというのがある。
今までのイメージからすると、暗い感じの、ダサい感じ(そもそも仏教にスタイリッシュを求めなければいけないわけではないが)があった。
だが、今の時代、ガラス仏具を始めとして、仏具は現代に合った進化を続けている。
自分が死ぬときには、一体どうなっているのだろうか。
楽しみというわけではないが、興味はある。
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